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プロフィール

松風夢之進(まつかぜゆめのしん)

Author:松風夢之進(まつかぜゆめのしん)
生年月日 1975年9月5日
出身地 福岡県 ( 現在は江戸に在住 )
血液型 O型 
身長169㌢  体重59㎏
靴サイズ 25,5
流派 伊賀でも甲賀でも風魔でも無い博多忍者
性格 負けず嫌いなマイペース
特技 床に着いて5秒で就寝 起きて5秒で活動出来る
座右の銘 夢は背負わず抱きしめろ!!

主な活動

ロック、民謡、演歌・歌謡

和太鼓 
[奏者/講師]

津軽三味線
北村流名取[講師]

松風夢之進 事務局

出演依頼、問いあわせなど           お気軽にどうぞ!!

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其の四、風雲桶狭間ツアー後編

博多名物しぇいむれす第二期≪動乱≫2000~2001

其の四、風雲桶狭間ツアー後編

 pos3.jpg

メンバー脱退が決まりそれぞれの想いを胸中に抱きながら後編スタート!!!

11月1日(木) 奈良ネバーランド
このときの対バンが花団である。

花団  
本当にハチャメチャなバンドで
でも音はシッカリまとまってて絶妙のコンビネーションであった。
その後、なかなか縁がなく絡んではいないが忘れられん好敵手。


11月3日(土) 目黒ライブステーション
2回目の東京。
前回苦い経験をしてるので今回は期待していなかったのだが
なんと超満員!!
『.。゚+.(・∀・)゚+.゚スゲ~!!!張り切っていこうな』
『(´∀`)やっべ~俺緊張してきたばい』

と楽屋でテンション高めの二人。
そこへ
『(´Д`)みんな帰っちゃいましたよ』
オオォォ!!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ ォォオオ!!なんですと!!

200人以上いたお客サンが・・・
お客サンが・・・
転がる空き缶と紙くずに・・

『いやよくみりゃまだ20人もおるやないか!!
贅沢ぬかすとバチがあたるわい』
ということでオオ暴れ!!

西ではお金払ったんやから全部みらんと勿体無い志向があり
全体を楽しんでくれるお客さんが多いため
対バンやお客サンと仲良くなったり新しい出会いが生まれやすい。
しかし今回のようなお目当てのバンド見たら『サイナラ』
時間にがんじがらめの東京ではよくあることで
一体感や出会いはなくなるが勘違い野朗には良い薬である。


11月4日(日) 新宿アンチノック
中津での活動時代の仲間に偶然東京で再会。
そしてこの日イケ面四人組のモテBAND【KING】がいたのだが
ゆめのしんのハジけぶりと行動力に惚れ込まれ
『うちのバンドで是非ボーカルを』
という話が来た。正直メンバー全員脱退が決まってただけに
にわかにが揺れたが
やはり答えは
俺にはしぇいむれすしかない
であった

11月8日(木) 広島バッドランズ中止
東京から広島までの間
途中の大阪 奈良  名古屋や京都などで
広報など行いつつ進軍するが
なんと初代EG暴から激励の電話。
『相変わらず派手にやりよるごたるなあ
まあ頑張んない』
セカンドの講評などもらった。
ちなみにこの広島バッドランズは
対バンが見つからず中止になった


11月9日(金) 姫路ベータ
このときの対バン
リミテイションディレクションメロウ
どちらも実力派バンド。
特にリミテイションディレクションはタメが物凄く上手くて
彼らのライブから学び吸収したことが
この後一人用ライブの第一号作品として誕生し
サードアルバム【恥道】に収録される♪劇的空間
活かされている

この時期ちょうど木下大サーカスが開催されており
賑やかな雰囲気の中
憧れの姫路城周辺を宿場に選び
きたる一人での闘いに向け曲創りや
激動の時代をくぐり抜けて生き残った
城下町に風流を感じながら体力創りに励んだ
姫路城


11月12日(月) 岡山ペパーランド
岡山城
初岡山。やっぱ城下町はたまらん!!
岡山は雄大な大地に育まれた大きな川があって
落ち着いて集中出来る環境があったので
その後もよくツアー中の駐屯地としてトレーニングなどに励んだ



11月16日(金) 福岡ドラムロゴス
2001年11月16日ロゴス吉田兄弟
そしてついに迎えたしぇいむれすセカンドファイナル 実際はまだツアーは残っていたがメンバー全員揃って脱退する
一つのケジメという事もあり
これまでの約8ヶ月の激動の闘いの中での各自の想いも交錯しながらも
このライブを成功させるという気持ちで一つにまとまった。
Shoは兄のヒロキを長崎から再び呼び寄せ
Vo ゆめのしん EG Sho EG ヒロキ EB 狼志 Dr K三
の五人でファイナルに臨んだ。

ロゴスはドラム系列で最大規模のハコで
徒楽夢→ドラム参→ドラムBe-1→ドラムロゴス
という四段階ステップになっている。
中は吹き抜けの三階建てになってて
プロミュージシャンもよく利用する
『いつかはロゴス』
という多くの博多バンドマン達の憧れのステージでもあり
ぶっちゃけしぇいむれすにはまだ早いステージであった。

枠がたまたま空いてたのか
意気込みを買ってくれたのか本当の所はわからんが
この日はファイナルという事もあり大トリを任された。

結果は
『いつまでもコイツらとやりたい』
『この瞬間が終わって欲しくない』
と思うくらい最高のステージだった

これまでに出会った仲間や
ファンも駆けつけてくれ一つの夢物語が幕を閉じた。


2001年打ち上げ
打ち上げにて。


~第二次 孤軍奮闘期~
メンバー全員脱退するとき
ゆめのしんはその旨をまねじゅんに告げ
格好つけて一人で闘うつもりでいた。

『今まで応援してくれて本当にありがとう。
でもこれから俺は一人になる。もちろん相応の努力はするが
今までのしぇいむれすよりクオリティーが落ちるのは
否めない。
それにこれからは今までと比べものにならんくらい大変になる。
Sho達と一緒に離れても俺はオマエを恨まん。
ちゅうかむしろコレからボロボロになるかもしれん俺を見られとうない』

『そんな淋しいこと言わんでよ!!
Shoちゃん達はShoちゃん達、ワタシはワタシだよ?
ゆめのしんがボロボロになるならワタシも一緒にボロボロになる。』
今度はひとりぼっちにはならなかった。
二人での闘い。

一人で闘っているかのように見えたが
しぇいむれすを陰から支えてくれたもう一つの物語。
そしてステージで暴れるゆめのしんを客席から支えつづけてくれたメンバー。

はたでみるよりも
そして側にいたはずのゆめのしんでさえ気付かなかった
想像を絶する苦労への旅立ちであった

11月26日(月) 大阪ブーミンホール
ここでまた終生の好敵手と出会う。
浪花のロックバンドアンジェラⅡ
Vo西谷
を筆頭にハジケまくったBAND。
その後メンバー全員脱退の試練と戦ったりするわけだが
今日もきっとどこかでロッケンロール。

さて一人で大阪の地に乗り込むわけだが
丁度一年前に同じ体験をしたわけで
二回目ともなるとも座ってくる

500人クラスのホールに楽器も無しに
打ち込みでたった一人のロックライブで
客席を退屈させないのはかなりのパワーが必要だが
情けない姿みせたら辞めていったメンバーに笑われるけん
『一人でも絶対バンドに負けん!!』
つもりで挑んでいるので
呑まれることもなくファンを獲得した。


12月9日(日) 中津ファイアーハウス
広報は相当地道な作業で
スーパーで大量のダンボールを貰ってきて
手ごろな大きさに切る
それに1枚1枚チラシを貼り付け
柱に結べるように紐を通していく

一つの地区に最低50~多いときは100枚近く貼ってまわった。
主に
博多、北九州、中津、大分 苅田 行橋 宗像 宇佐 田川
これが500枚、1000枚ともなると相当な作業量となる。
それでも自分達を売り込むためにせっせと作った。
指の皮がむけてが出ても・・・

メンバーでさえも手伝いたがらなかったこの作業を
まねじゅんは進んで手伝ってくれた。

おかげで作業が捗り空いた時間をファンのための会報創りに
回せたり出来るようになった

12月29日(土) 天神ハートビート
ワンマンに向けての準備が大変だった。
たった一人で2時間近く(もやる必要はないんだが)
飽きさせないステージ。
今までの一人ライブでの曲をかき集めたにしても
メリハリに欠ける。
やはり何か楽器がないと・・・
楽器・・・
う~ん やっぱやるなら【和】がいいのう。

ご先祖様が御祓いで使用していた和太鼓が
うちに眠っていたのを思い出し
『かあちゃん、和太鼓まだある?』
『一つは神社に寄贈してもう一つはご近所さん(元校長)の納屋に
仕舞われちょるよ』
『それ、俺が使う!!!』
スグに獲りにいきホコリだらけの和太鼓とご対面。


コレがゆめのしんと和太鼓の最初の出会いであった 

皮肉にもメンバーが脱退しなければこの出会いはなかったかもしれぬ、
言わば決して諦めない男が呼び寄せた必然的な出会いであった



12月31日(月) 天神徒楽夢ワンマンショー
2001年冬ゆめ傘
忘れもしない本当のワンマンによるワンマンショー。
ロゴスの時のような大勢のお客サンの見守る中での
華やかなFAINLでは無かったが
大晦日の大切な日にこんな馬鹿ったれのライブに
集まってくれた。

準備に帆走し張り切り過ぎて前日に両足負傷したり
アレコレ欲張りすぎて2時間ステージで中だるみしたり
(今思えば一時間くらいで内容を濃くしたほうがよかった)
空回りした部分もあったが
決して最後まで諦める事無く闘った
この日を忘れない


1月1日(火) 天神ハートビート
そうそう
たねの存在を忘れとったわい。
たねとは婆さんのような名前じゃが
博多の女性ロックシンガー。
なかなか良い声でお互いライブを見たり
見られたりで刺激しあっちょった。
ワンマンにもちゃんと応援にきてくれた。
今はP・P・P

PPP.jpg 
とかいう長渕かのりピーが出てきそうな
バンドで活動中で頑張りよるようで嬉しいわい。

で・話は戻ってワンマンを終えて
その足で今度はハートビートへ!!
ニューイヤーLIVE。
新年一発目からウケまくり!!


そしていよいよ
ロックバンドから
ジャンルは?と問われて答えに窮す
なんでもありのしぇいむれすが最大の変革を遂げた2002年へと突入!!! 


次項 博多名物しぇいむれす第三期≪変革≫2002年~2004年へ進む 

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