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プロフィール

松風夢之進(まつかぜゆめのしん)

Author:松風夢之進(まつかぜゆめのしん)
生年月日 1975年9月5日
出身地 福岡県 ( 現在は江戸に在住 )
血液型 O型 
身長169㌢  体重59㎏
靴サイズ 25,5
流派 伊賀でも甲賀でも風魔でも無い博多忍者
性格 負けず嫌いなマイペース
特技 床に着いて5秒で就寝 起きて5秒で活動出来る
座右の銘 夢は背負わず抱きしめろ!!

主な活動

ロック、民謡、演歌・歌謡

和太鼓 
[奏者/講師]

津軽三味線
北村流名取[講師]

松風夢之進 事務局

出演依頼、問いあわせなど           お気軽にどうぞ!!

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狂乱川中島ツアー二〇〇二~初場所

 

まずは非常に濃い新年の幕開けとなった巡業前の新春イベントからご覧あれ!!


1月4日(金)福岡ドラムロゴス 維新迎春イベント
出演 しぇいむれす 維新 和太鼓野武士 ほか
ワンマンの準備に帆走してた年の瀬に
ゆめのしんがセミのようにへばりついて貼って回ったチラシをみて
またまた電話がかかってくる。

博多のインディーズ音楽シーンをリードする重鎮 
『維新』の鶴丸からであった。
どうやら維新だけにゆめのしんの事務所名の
松風幕府がアンテナにひっかかったようである

かくして維新 VS 松風幕府
という裏タイトルを極秘にこのイベントへの参加が決まったのである。

維新は当時の博多のシーンを引っ張っていただけあって
人気も音楽性も一級でイベント自体も物凄くクオリティが高く凝っていた。
其の中の一つがコレ↓
2002年1月4日ロゴス
正月ということで出演者の写真でを創り会場をデコレーション。
これには駆けつけたFANも大喜びでイベント終了後はこの
出演者へのお土産として惜しげもなく振舞った。



1月6日(日)大分ドラムTOPs 維新迎春イベント

出演 しぇいむれす 維新 AYS パトラッシュ サンズオアクラウド
維新の迎春イベント大分編。
これまた凝ったイベントで面子も濃い~のばかりでお客さん超満員。
合い間に出演者達が交代で司会者で維新のメンバーと登場し
転換を盛り上げた。

 
ゆめのしんは鶴丸君とコンセプト『悪~ワル』で登場
会場を沸かせた。

この時 莫逆の友、サンズオアクラウド
村山たくや村山タクヤと出会う。
彼もまた一人になっても決して諦めなかった男で
後に東京で再会。同じ九州男児として今でも刺激しあう仲。

ライブが終わって打ち上げで対バンのみんなと熱く語り合い
まで飲んで帰り道、
初詣気分で寄った宇佐神宮で運命の出会いを果たすのである

神社に参拝をし参道の縁日の露店に並ぶ一体の人形と目があった。


一目ボレだった。
コイツ下さい!!!!
『ハイよ!!8000円ね』
見事に予算オーバーである。
『高い、もっとまからんの?』
『うちはジスカウントショップじゃねんでね』

俺も【ジス】カウントには行ったことねえよ
などと思いつつも
『そこをなんとか!!
俺もう福岡帰らんとイカンけん今日連れて帰らんとこれんのよ
お願い!!』
とこんな感じで頼み込んでなんとか手に入れた人形

その後
唯一無比のメンバーとして大活躍し
徳川15代を越える16代目まで栄え(てはいないのだが)
アルバムにまで登場し、遂には歌にまでなった
hukusuke2-2.gif福助との運命的出会いである



狂乱川中島ツアー【初場所】 

『博多名物しぇいむれす』 煮ても焼いても喰えないけれど 観る者すべてを魅了する

のキャッチフレーズで全国を騒がせた初場所、いよいよ開幕。


一の月
十四日(祝) 福岡ドラムBe-1
2002年1月14日Be-1


十七日(木) 広島バッドランズ
歴史的珍事件発生!!
広島県警総出撃~平成侍男騒動
長くなるので別記事にてご免!!

事件現場へタイムスリップ
hp17.gif


十九日(土) 姫路ベータ
この時に出演していたのが三年半後に東京で再会し
イベントなどで腐るほど絡む事になり
結婚式にまで呼ばれることになるとみQである。
彼は当時カルシウム光線というバンドで参加していたが
解散することになり
ゆめのしんと同じ2005年に上京したというのだから面白い。

ちなみにこの時
初めてライブハウス側から
『次回以降出演お断り!!』宣告を受けた


二十一日(月) 渋谷ギガンティック
歴史的珍事件発生!!
品川埠頭~ドカ珍騒動
長くなるので別記事にてご免!!

事件現場へタイムスリップ
hp17.gif



二十二日(火) 名古屋ミュージックファーム
ファン倶楽部はじしらズ会員五十人突破。
この日の本番中に太鼓がバリッと破れてしまった。

ツアー中でどうしようも出来ないので裏返しで使用しましたとさ


二十三日(水) 大阪ブーミンホール

昨年夏に佐賀で対バンしたシュラと大阪で再び。
今度は一人での対決


二十五日(金) 天神ハートビート
天下一武道会予選。
お客サンとスタッフの投票により
各日から優勝1バンドを選出。

優勝バンドでグランプリを争うバトル形式LIVE。

アホなゆめのしんは遅刻してしまいお客さんの揃わぬ一番手に。。。
そして無念の7票差で2位。
自爆で決勝進出を逃した


二十七日(日) 中津ファイアーハウス
出演 しぇいむれす ルーシー ガイジンBAND
お客さんを現実を忘れて和の世界感に浸れるように・・・

というコンセプトから
この頃はステージ装飾にメチャメチャ凝ってて
ダイソーや東急ハンズで造花や堤燈などを仕入れて
ステージから天井まで賑やかに装飾した。

ハコに入ってまず考えるのは装飾、
ハコによって天井の高さや使えるスペースやレイアウトを
臨機応変にチェンジした。
セッティングが他のバンドより無い分
飾り付けリハを行った


二十九日(火) 大分TOPs
2002年1月29日大分TOPs


二の月
四日(月) 熊本ジャンゴ
2002年2月4日熊本ジャンゴ2


六日(水) 奈良ネバーランド

ツアーの奈良滞在時は必ず行った弁当屋がある。
弁当買わなくても行った。
チラシを貼って貰うために(笑)
気のいいノリのいいおっちゃんで
『ただいま!!またきたよ!!』
『おう!!またきたか。何枚でも好きなだけ貼ってええで!!』

と快く貼るのを許可してくれた。

何故かここの自販機は缶ジュースが60円で売られてて
オッちゃんの手書きと思われる画用紙の値札と
『安いよ!!』の文字が愛嬌を感じる。
ジュースはちなみに見たことも無いメーカー品
恐らくおっちゃんがディスカウントでせっせと
安く仕入れてこの愛嬌たっぷりの破格な自販機を意地しているのだろう。

おっちゃん元気にしちょるかな・・・




八日(金) 横浜クラブ24WEST

朝目が覚めて素振り(懲りない奴)をしていると
『あの~・・・』と一人の男が話しかけてくる。
とりあえず苦情かな?とプイっと向きを変えて無視←正確ワル
『あの~!!』ガッツのある男で周り込んで声をかけてきた。

『ハイなんでしょ?』←あっちいけ光線を出しつつ引き攣った笑顔で。
『舞台かなにかやってるんですか?』
『あ、こういう事やってるんですよ』
とチラシを渡してあっちいけ光線全開(なんて正確の悪い奴なんだ)
『へえ~凄いですね。全国まわってるんですか』
男は屈託の無い笑顔で気にもしない様子。
いい加減に早く切り上げたいゆめのしんは
『今日横浜なんです』(だからアンタに構ってるヒマ無いのよビームも追加。)
『CDも出してるんですね。買いますよ^-^おいくらですか?』
『え?本当ですか?有難うございます2500円になりま~す!!』
↑180度方向転換、営業スマイルに明るいトーン
スグにCDを探しだし気が変わらないうちにササっと動く
ゲンキンなゆめのしんであった。

しかし
初対面でしかもこんな扱いされたのになんてイイ人なんだろう。
話を聴くと
『自分は配送屋の仕事をしていて雁字搦めに生きてるから
夢に向って生きている人を見ると応援したくなるんですよ』
だそうだ。

男はCDを嬉しそうに抱えて名前も名乗らず風のように去っていった
珍事件が立て続けに続いたが三度目は心打つすばらしい出会いであった。

『こんなチッポケな俺だけどアナタのような器の大きいヒトになりますよ』
と男の背に手を合わせるゆめのしんであった。

九日(土) 浦和ナルシス
2002年2月4日熊本ジャンゴ
とにかくツアー中
困ったのは風呂。
西日本では深夜遅くや朝から営業してるで500円くらいのスーパー銭湯が
結構ある。
でも関東はなかなかねえ!!(人口に対しての指数が圧倒的に低い)
眠らないマチなのに風呂に入る習慣はあまり無いらしい。
まあ後々開拓してドンドン発見していくわけだが
この時も浦和近辺を新聞屋やタクシーの運ちゃんに聞いたりして
ウロウロ探しまわった。



十一日(祝) 原宿ルイード

十二日(火) 神楽坂ディメンジョン
楽屋にて
2002年1月6日大分TOPs
和という事で入れ物にもこだわって
ひょうたん(笑)
中身は水で酒ではないぞよ。

十四日(木) 岡山ペパーランド
東京から岡山まで大移動。
当時はほとんど休憩も取らずぶっ続けで移動していた。
しかも下道・・運転手交替も無し。
後にコレが仇となり居眠りで追突事故を起こし
車にもヒトにも休息が大切という事を学ぶわけだが
とにかく当時は
寝るのが勿体無い!!
という気合で前進してて
給油以外はひたすら運転し
深夜に東京を発って昼過ぎには奈良、夜に岡山に到着。

ちなみにこの時期は岡山といえども極寒で
朝寒さで目が覚めると窓が凍っていた。
途中甲州街道も箱根街道も雪で大変だった。
ツアーも楽じゃない。


十七日(日) 天神ハートビート
2002年2月19日天神ハートビート

この頃FAN倶楽部用の会報ゆめのしんぶん発行された。
パソコンが苦手なゆめのしん、
写真直接貼り付けてコピーという
小学生新聞レベルであったが味がタップリ出ててそれなりに好評であった。

多分パソコンでやればチャチャチャっと出来るんだろうが
宛名は総て手書き、会員100人を超えると内職状態で
ツアー中も茶封筒を携帯して空き時間にせっせと書いていた。
格好つけて会費無料。
切手代だけでも馬鹿にならず
結局維持できずに自爆する羽目になるが
この時のおかげで今でも末永い繋がりを持つFANが各地に
いてくれてるのでやって本当によかったと思う。


二十三日(土) 佐賀ガイルス←無念のキャンセル

愛車のブレーキが利かぬ状態になり
ガイルスにリハに遅れる旨を連絡。
3時間離れた場所にある子供の頃から知ってる親父殿行きつけの修理工場から
代車と引き換えに修理。
佐賀まであと少しという所で代車から黒煙が発生。

代車まで壊れてしまい再び
代車の代車を要請。
ガイルスに本番に遅れる旨を要請。
順番を最後にしてもらったものの
代車の代車でハコに到着したのが閉演間近の21時。

初めてのライブさぼりとなってしまった。
『事情はわからなくもないが
本当に穴を空けたくないのであれば
レンタカーを借りてでも間に合わせて欲しかった』
と言われ、その通りではあったが
その金があったら地元からわざわざ
レスキュー隊を呼んでいない。

とはいえ迷惑をかけた事には変わりないので
対バンとお店にひたすら謝った。

二十四日(日) 中津ファイアーハウス


さて予想通り初場所から騒動ばかり・・・
お次は春場所、
果たしてゆめのしんに平穏な春はやってくるのか!?

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